20.02.02 お別れの日
この日のことを思い出すのはとても覚悟が必要だった
10時半ごろ病院の先生から電話があった
いつも通りの落ち着いた口調で
お父さんに連絡つかなかったからお嬢さんに電話しました
お母さんに痛み止めの注射をしていいですかとのこと
この言葉が何の意味を持っていたのかはわからなかった
その注射は麻薬みたいなもので打ったら意識が朦朧とする
家族の了承がないと実行できないらしい
お母さんの命が燃え尽きることを
意味していたのかもしれないと後になってわかった
私だけの判断でいいのかわからなかったけど
とりあえずお願いしますと言ってしまった
お父さんに電話
すぐに病院に向かう
病室に行くと
昨日とは全く違う姿だった
点滴を吊るす棒には大きな機械がふたつ
指先に挟む酸素を測る機械
血圧と脈拍を測る機械
酸素マスク
うわ・・・・
お母さんは苦しそうだったけど
顎で息をしながら私たちに気がついた
きついと一言
涙が我慢できなかった
やっぱり泣くと思ったってお母さんに言われた
正確に覚えていないけど昼間の時点では
脈拍の血圧も正常で
何時間も大きく深呼吸みたいに息をしていた
お兄ちゃん夫婦が到着
唖然としていた
こんなに悪いって知らなかったって
すぐに母方のおじいちゃんとおじちゃんに連絡をして
病室に集まることになる
お兄ちゃん夫婦はおじいちゃんを迎えに行った
昨日出来上がったばかりの私の結婚式のアルバムを見せた
とても喜んでくれた
元気になったらまたゆっくり見せてねって言ってた
まだ死ぬつもりはなかった
意識が朦朧としていたなか
私の新しいロングスカートを褒めてくれた
さすがだなと思った
お父さんが病室に戻ってきた
私はお母さんとずっと手を繋いでいた
お母さんは顔が小さいから酸素マスクがずれるのを直したりした
綺麗な個室に入院していたお母さん
お金がかかることをずっと気にしていた
お父さんはあまりお母さんを見ない
先生から呼ばれて
苦しそうなので眠れる点滴をしましょうとのこと
これを投与すると30分くらいで眠りにつきます
つまりその間で最後のお別れをってことだったのかもしれない
私もそのつもりになっていた
お母さんはわかったように
最後の言葉を口にした
いろいろ頑張ってね
すぐに泣くなと
お父さんには
ごめんね
ありがとう
って
私はお父さんをベッドの側に呼んだ
初めて手をつないでいるところを見た
最後の言葉は
おやすみ
そのあと
たまに目を覚ましては
意識が定まらないような感じだった
よくわからなかったけど何か話していた
眠りについてから
みんな病室に到着した
おじいちゃんには気づいてたのかな
しっかりしなさいよと言うおじいちゃんの顔を見て
小さく頷いていた
それからまた眠って
大きな呼吸を繰り返していた
今日のところはこのままだろうからと
夕方にはみんな帰っていった
私は病室に泊まることにした
夫に着替えを持ってくるようにお願いした
20時に仕事を終えて病院に到着するまで
ずっと手を握っていた
お母さんの左目から流れる涙を
ピンクのハンカチで拭いた
外来の看護師さんが来た
担当してくれてた人だったのか
わざわざ来てくれて声をかけてくれた
彼女は夜勤の看護師さんとお母さんの体勢を変えたりしてくれた
時間が経つのが早かった
夫が病室に到着しディルームで買ってきてくれた晩御飯を食べた
一緒にいてくれることが心強かった
部屋に戻ると脈拍と血圧が下がっているのに気がついた
看護師さんからは何も言われてないけど血圧が60切りました
とお父さんにメールした
それからは早かった
みるみる血圧が下がっていき看護師さんが病室に来た
お父さんを呼んでくださいとのこと
電話の声が震えた
お父さんはタクシーで病院に向かう
私はお母さんのもとに戻り
泣きながらお母さんありがとうと何度も叫んだ
息が小さくなっていった
いつの間にか息が止まっていた
お父さんは間に合わなかった
先生が病室に
2月2日21時44分に死亡が確認された
ちょうど一年前の2月2日は
私達夫婦の結婚式だった
昼間のメンバーが集まった
看護師さんが体を拭いてくれている間は病室の外で待機した
メイクは私がした
病院のものは使いたくなかったので
夫に持ってきてもらった道具
いつも私が使っているもので化粧をした
肌が綺麗で顔が小さくで輪郭が丸くて
目が大きくて鼻が高い
私の理想の顔だった
死人とは思えないほど
綺麗な寝顔だった
葬儀屋さんがきてすぐに運ばれた
葬儀場に着くと線香の向こうに眠るお母さん
さっきまで生きてたのに
生と死の境目がこんなにも薄いものかと感じた
葬儀の打ち合わせは私も立ち会った
お母さんのセンスや希望を一番わかっていたから
できる限り叶えてあげたかった
翌日の10時半から本打ち合わせ
19時お通夜、翌々日11時半にお葬式
みんなが解散したのは午前2時ごろ
その日は私と夫でお母さんのそばにいた
お母さんと並んで川の字に
冷たくなったお母さんの手を握って
5時ごろ眠りについた