momy_kumura’s blog

母娘の終活と夫婦のあり方

20.08.10 季節の匂い

最初に感じたのは大分の一軒家に住んでいた頃

 

夏のにおいがした

 

春ははるで

 

夏はなつで

 

秋も冬もそれぞれ

 

これを感じることはあんまり好きじゃない

 

いろいろ思い出すから

 

切ない

 

 

今年の夏はいつもと違う

 

香りがない

 

今までと違う何かはわかっている

 

暑すぎる太陽の下

 

日傘をさして街を歩いて

 

汗が冷やされる百貨店で買い物

 

そんな夏が好きだった

 

その時間の大半を私に費やしてくれる

 

それが母の楽しみだった

 

ふたりで綺麗なものを見て共感して

 

よく一緒に行った美術館で美しさを学んだ

 

たわいもない会話

 

いつも退屈とは無縁だった

 

背中が痛いと言いつつ楽しいときは笑ってた

 

その原因が十数年前に手術した癌の転移だと早く気付けたらと思う

 

自分のことは後回しで

 

母は母なりに「お母さん」をやってた

 

それは娘のためであり自分のため

 

「教育をした覚えはない」なんて言ってたけど

 

私は母の強さと上品さを見てそれを自分に写した

 

そう努力をした

 

この先の話もしたかった

 

本当の母の気持ちは知らない

 

それでいい

 

それがいい

 

母は母であり女であり人生の先輩だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20.08.07 生と死の境界線

初盆の準備を始める猛暑日

 

車内で夫と母の話

 

 

 

もう半年が経つ

 

今思い返すとあの日の病室で

 

生きようとした母と諦めかけた医者

 

どちらの気持ちが正解なのか迷った

 

最期を前にお別れを言わないといけないのか

 

とか

 

頑張って生きて欲しいと励ます

 

とか

 

 

どちらが正しかったのか未だにわからない

 

死に立ち会うってそういうこと

 

ただ一人じゃなくてよかった

 

母も私も

 

 

 

 

 

 

 

 

20.07.20 軽くてふわっとしている

 

あー、暑い

確実に夏が近づいて

もう来ている

 

こんな時に思い出す

 

母にはなんでもありだった

何もかもが芸術だった

 

どうしようもない気持ちとか

マイノリティーに鈍感というか敏感

 

ロックな生き方

 

気丈に見えて弱くて

笑いながら泣いてた

これは後になって知った

 

もうすぐ半年経つけど

いまだに思い出すのは

あの言葉

 

まぁ

好きになったものはしょうがないよね

 

あー風が気持ちいい

 

愛してるよ

 

 

 

 

 

 

20.04.15 母とラジオ

「温故知新 とは」を

ネットで調べる朝

改めてその意味を確認したくなった

Google先生曰く

「前に学んだことや昔の事柄をもう一度調べたり考えたりして、新たな道理や知識を見出し自分のものとすること。古いものをたずね求めて新しい事柄を知る意から。」

 

なるほど。

とても共感した

 

母はビンテージ、オリジナルを好んだ

 

ラジオを愛し

カセットテープの音質を楽しんだ

 

また、ファッションブランドは

新作ではなく定番物がお気に入りだった

 

私は母の分身のように感じることがある

 

母が残した着物を私服として着たい

茶道を勉強したい

祖父の家にあるレコードや古い本

ロッキングチェアーの似合う家に住むことが目標

 

そこには現代との融合があり

例えばCDJのミキサーを並べる

エレキベースを脇に

夫のクラシックギターをアクセントに

 

なんという絶妙なバランス

 

これこそ温故知新って思ってるけど

合ってますか?笑

 

趣味だけでなく日常生活でも同じで

メールではなく手紙を書くこと

サブスクリプションではなく映画館に足を運び

たまには飛行機ではなく電車を使う

こういうことに豊かさを感じる

 

デジタルとアナログが掛け合わさることに

大きな可能性を感じる

そんな気がしてならないし

確信している

 

それにプラスして

カオス・混沌

スパイスを加える

この空気感がたまらない

 

 

恩師がラジオ出演をするということで

今住んでいる家で初めてラジオを聞いた

持っているコンポでラジオが聴けることは

その時初めて知った

 

思わず1曲リクエス

ビリージョエルのPiano man

最近英会話学習をしていることで

歌われている情景が思い浮かぶようになった

 

夜ご飯も食べずに聴いている

ラジオを聞いていてこんな感覚になるんだと

ドキドキとそわそわが止まらない

 

相当な倍率の中

ついに読まれた!

これには本当に感動

 

母にも聞かせたかったな

とても喜んでくれただろうな

 

いや、ちゃんと聞こえてたよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20.04.20 リアル

この記事の内容はいつも以上に重たいです

途中で読むのをやめてもいいです

辛い感情になる方がいるかもしれません

私はこの感情と上手に付き合うために記事にします

まだ経験したことない方には

誰もが通る道を先に伝えておきたくて

 

ただ一つ言いたいのは

同情して欲しいわけじゃないですということ

私は今日も通常運転です

ややぶっ飛んでる系ハートフル人間です

 

4月某日の夕方

あの日以来初めての感情が現れたので

記録します

 

それではまずは深呼吸

 

さていきますか

 

自宅の食料の買い足しにいくときは

いつも夫と一緒

毎回同じお店だと面白くないので

いつも私が行きたいお店に連れて行ってくれる

 

ふと思い出したショッピングモール

この日は車で20分くらいかけて向かった

 

駐車場に入ってから全てが蘇った

いろんなテナントが入っているモールは

母とよく行った思い出の場所

郊外でもないのに駐車場が無料ってことには

毎回感心していた

本屋さんに入るとなかなか出たがらなかった

現金派の母はいつもATMに寄った

お気に入り洋服屋さんで私に似合う服を探してくれた

ここのポイントカードは使いやすいといつも楽しそうだった

アイス屋さんで私が好きな味のアイスをひとつ

二人で食べた

祖父の通院の日には母と3人で昼ご飯を食べてから

病院に向かった

夫と母と私でお正月の家族での食事の買い出しをした

母と買い物に行ったのはこれが最後だったかな

 

夫と二人で買い物をするときは饒舌になる私

この日はいつも以上によく喋った

夫も合いの手を入れるのが上手だから

二人の食料調達はいつも楽しい

 

楽しい感情と悲しい感情のバランスが

だんだん崩れてきた

買い物を終えて車に乗り込み

駐車場を出るとき

「失敗だったな」

これは私の言葉

私が行きたいと言った場所なのにと

夫は戸惑ってた

 

それからはというと

左目から涙

これで終わればいつものこと

今回は右目からも溢れた

次第に嗚咽

夫の手を握る

車の中で一点を見つめることしかできず

母との思い出がどんどん蘇る

あぁ

こんなつもりじゃなかった

自分はもう大丈夫だと思っていた

そして何も考えられなくなった

 

自宅に戻ると

手洗いうがいは欠かさない

そのあとはベッドに直行

夫も寄り添ってくれた

「みんなはどうやって乗り越えたんだろう」

と話した

問題に直面してもすぐに解決できる類の私でも

「大切な人の死に関しては解決策がないから

どうしたらいいかわからない」

想いが溢れた

 

自分の手を壁に触れさせて

最近痩せてきた手のひらを見つめる

お母さんに会いたい

それは

死にたい

を意味していた

自分じゃない自分の声が聞こえたようで

とても怖かった

夫に伝えることを躊躇した

でも自分でも恐怖で

笑えるほどの驚きで

「今死にたいって思ってしまった」

って全部言い終わる前に

叫びとともに大声で泣いた

それでも夫はいつもと変わらず

優しくハグをしてくれた

 

夫は同じ経験をしたことがないということもあって

なんとなく申し訳なくなった

そうだ、かかりつけのカウンセラーに電話しよう

電話番号を入力すると留守番電話になった

この日は休診だった

どうしようと思っている時に頭に浮かんだのが

中学校の顧問の先生

全てを話した

私と同じ経験をしている先生の言葉は

優しくてとても強かった

そして約5分の電話を終え

深呼吸をすると

落ち着けた

 

そのあとは

好きな芸人の漫才の動画を見て

散々笑い疲れて

眠りについた

 

次の日にはすっきり

いや、今だに鼓動が早い

先生には感謝のメッセージを送った

 

この一連の出来事は

今後もたまにやってくるだろうということは

覚悟している

 

次回こうなった時は

もっと冷静に対処できる気がする

 

こうして少しずつ

癒えていくのだと信じたい

 

最後まで読んでくれてありがとうございます

 

みんながいてくれて今の私がいます

 

今後もいつもと変わらず

面白楽しくお付き合いください

 

次お話しするときはいつもの私なので

腫れ物に触るような対応はちょっと悲しいです

 

今回の記事を書いた理由も

わかってくれると信じています

 

ぜひよろしくお願いします

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20.04.12 我が家の太陽

私が小学生の頃

自分で詩を作る授業があったことをふと思い出した

 

テーマは自由

私が作った詩の題名は

「我が家の太陽」

みたいな感じだった気がする

 

詩の内容は

「あなたは我が家の太陽です

あなたが起きればみんなが起きる

あなたが笑えばみんなが笑う」

 

といった感じ

これは紛れもなく母のことを考えて作った詩

 

最近誰かが言ってたのは

太陽は与えることしかしないってこと

朝起きて明るく照らしてくれる太陽に

誰もお金を払わない

でも

太陽がいないと誰も生きられない

 

地球上にいる人間や植物、全ての生命は

与えられてることすら気づいていないし

太陽は与えているっていう意識もない

その絶妙なところにいるのが太陽

 

私にとっては母そのものだった

 

母は自分のことは全て後回し

私たちが食べたいものを作ってくれて

私たちに先に食べさせてくれた

一緒に買い物に行くときも

私が行きたいお店だけを回り

でもそれらは母の楽しみであり

全て普通のことのように感じていた

自我を感じさせないというか・・・

表現が難しいけどそんな感じ

 

そして見返りを求めない

 

これは家族に対してもそうだけど

私たち以外の誰に対してもそうだった

 

母は自覚なかっただろうけど

 

そういう才能がある母を

本当に尊敬している

 

私は誰かのために動いている時間がとても楽しい

でも与えているっていう意識はしたくない

こういうことかな

 

少しずつ近づけてるかな

 

近頃は母の友達や家族

たくさんの人に支えてもらって生きていると実感する

この経験は母が命をかけて教えてくれたこと

 

んーちょっと重いな笑

 

でも

生かされてるってそういうことなんかな

 

 

 

 

 

 

 

 

20.04.05 心のなかに生き続ける

毎週末、私と父の都合が良いときは

一緒にご飯を食べるようにしている

日曜日、日中の用事を済ませて父に連絡した

お気に入りのスーパーで待ち合わせ

 

先に到着した私と夫は

今日はサバの味噌煮を作ろうと買い物をしていた

父がお店に到着

いつもはなんでもいいっていう父だが

この日は

俺はそれあんまり好きじゃないから

手巻き寿司でもするか!って

父から夕食のリクエストをされたのは

久しぶりだったので要望を言ってくれたことが

私は嬉しかった

 

買い物を済ませて実家に到着

四十九日は終わったけどお墓が遠方なこともあって

納骨はまだしていない

和室には今も祭壇がある

ここに来ると母との別れを実感すると同時に

母と近くにいられる安心感が生まれる

この感覚わかる人いると思うな

なんかわかんないけど不思議な感覚

 

いつもはすぐに私がキッチンに立つんだけど

この日は夕食の準備の先に親子で話したいことがあった

すると夫が自然とご飯の用意をし始めてくれた

私は夫のそういうところが大好き

 

父との話はとてもスムーズだ

お互い判断が早くて好き嫌いがはっきりしている

決断力があって回答が早い

その裏でリスクや戦略を考えている

この頭の回転の速さを真似したいと思うけど

到底及ばない

 

最近の父の判断基準は

母の気持ちが最優先

私の言動を見つめ直す機会にもなって

とてもいい時間

 

父は私の弔辞をとても褒めてくれた

俺の時も頼むなって笑いながら言われた

私は

それは任されるから

これから思い出いっぱい作ろうねと言った

こんなことをさらっと言える自分でよかったと思う

 

こんな私を作り上げてくれたのも母

私の26年間にはいつも母がいた

 

3歳くらいの時

初めて覚えた邦楽は

リビングで流れてた

愛の言霊

今考えるとめちゃ渋いな

車の中では

THE YELLOW MONKEY

LOVE LOVE SHOWが録音されたテープを

ヘビロテしていた

 

小学生の頃は

母の勧めでミニバスケに入部し

たくさんの仲間を作り

素晴らしい恩師に出会えた

バスケは高校まで続けることができた

中学校の顧問の先生の言葉は

今の私をつくるために大きな影響を与えた

強面で熱血で

先生と話すといつも泣いてたな

怒られてるわけでもないのに 笑

その時の私は

自分の個性をコンプレックスとしか捉えられてなくて

DNAを恨んだこともあった

言い方悪いけど

今だから言えること

こんな私の弱いところもずるいことをする時の気持ちとか

全部包み込んでくれた先生

感謝してもしきれない存在

 

そんな学生時代を過ごした

すごく真面目で頑固だった私に

Take it easy!

って笑って言ってくれる母だった

その言葉に何度も救われた

 

今思い返すと

あの時の自分のコンプレックスや弱さと

出会った仲間や先生方の言葉と

母の愛情

全て欠けてはいけないことだった

 

全て仕組まれているとか思ってしまう

 

私の大好きな旅人は

人生は全てネタである

って言ってた

それしかない